フェニックスという日本のスポーツウエアブランドから、新たなプロダクトを作りたいと、運良くブランドの立ち上げから関らせていただくことが出来たのがアルクフェニックスなのである。
株式会社フェニックスとはカタログ制作などで、かれこれ10年近いお付き合いで、親しい関係にあるってのもデカいけれど、まさか、企業の新ブランド立ち上げに関わることが出来たのは願ってもないことだった。
そんなアルクフェニックスはどうやって出来上がって、現在に至るか?!
2012年のことだった。。。
フェニックスの本部長、内海さんからのお声掛けで、フェニックスの重鎮たちに混ぜてもらい、新ブランドの企画会議が始まった。
自分は、スタイリストという立場で、新ブランドの方向性に関して客観的な意見を出す役割。
スタイリストという職業は、他の様々なファッションウエア、スポーツメーカー、アウトドアウエアメーカーを見続けてきた上で、どういった立ち位置のブランドであるべきか?隙間を見つけることは得意な分野なわけで。。
メンバーに加わって、一緒に企画会議をしていく段階がとても楽しく面白かった。
ゼロから様々な意見を出しあって、スポーツメーカーらしいコンセプトを考えて決めていく作業は、とても有意義であった。
自分なりに、今までにないコンセプトのブランドを立ち上げたい!ブレないコンセプトが重要で、それが、フェニックスらしくなくてはならない!と思って自分なりに意見した。
重要なことは。。。
1、都会に馴染む機能服であること。
2、スポーツウエアメーカーが作るプロダクトとして明確であること。
3、目的を持った服であること。
この3つを満たした上で、「じゃあどんなブランドにするのか?」
ってなって、本部長の内海さんがふと口にした言葉が「フットパス」だった。
え?なんすかそれ?的な自分に対して、簡単に説明してくれた。
英国発祥の『森林や田園地帯、古い街並みなど地域に昔からあるありのままの風景を楽しみながら歩くこと【Foot】ができる小径(こみち)【Path】』のこと。
歩くための機能服ってのいいね!スポーツ的でもあるし。
じゃあ、ウォーキングウエアにしよう!ということに相成った。
目的は決まった。
じゃあブランド名をどうしようか?
ファッションブランドとしては、今までなら確実に英語でなければおかしかったブランド名。
ここ最近では既に当たり前のようにファッションの世界でも使われ始めている、
日本語を英語のように扱うネーミングが増えてきているが。。。
下手に英語を使うのも不自然かなと思って、解りやすく「歩く」で
いいんじゃないすか?って言ったのは確か俺だったと思うw。
自分の考え方はなんでもかんでも、「解りやすさ」が肝心だとずっと思っていたから。。
後に、フェニックスがついて「アルクフェニックス」となった理由は、
単純に「アルク」では商標が取れなかったから。ただそれだけなのである。
となると、
"アークテリクス"に響きが似てるけど大丈夫かね?なんて声も上がって若干心配したりしたけれど、アークテリクスが「アーク」という愛称で呼ばれているのと一緒で、
アルクフェニックスも、「アルク」って愛称で呼ばれるようになってくるといいなとは思った。
じゃあどうやって服を作っていくか?
誰か外部の人間でいい人はいないか?
そんなタイミングで、俺の頭の中に浮かんだのが、現TEATORAの上出大輔。
運命的なタイミングで、彼はTROVEというブランドから独立したってのもあったんだけど、彼なりに、当時ファッションブランドとはどうあるべきか?っていうファッション哲学に変革が起きていたらしく、彼のTROVE最後の展示会の時に外で喋ってたら、上出はいきなり想いが止まらなくなったのか?ブワァ〜って話しかけてきた。
「これからの時代はもっと機能性のある服であるべきだと思うんです。例えば不快な満員電車でも快適さを保つための機能を持った服とか、そういうのを作って行きたい!」なんて熱弁してくれて、意気投合した。そして彼はTEATORAを立ち上げた。
自分もずっと思っていた"機能性のある服"って考えが合致したからとても嬉しくなって短時間で熱く語った。
だから迷わず、上出を推薦したってわけだ。
上出をフェニックスに紹介したタイミングは、フェニックスの上層部の変革時期で、社長が新たに変わり、新ブランドの立ち上げは実はなかなか前進することができなかったのだ。
今思っても、あの時間は本当に勿体ない。。
その後、社長がまた中国人に変わり、やっと新ブランド企画、アルクフェニックスのデザイン企画を進行することができ、上出大輔が仲間に加わったのであった。
続く。