山に暮らす 始まり


本来の移住先、岩泉生活が始まった。
と言っても自宅待機生活は続き、役場担当の人にお世話になりつつだ。

岩手でもより山奥の北上高地のど真ん中?真ん中よりは県北に入るのだろうか?

実家のある、小岩井なんかよりもずっと山奥で、盛岡から2時間かかる場所。
住んでみてる今、わかったことだけど、都市部に行くには県内ならば、
大体どこに行くにも約2時間はかかってっしまうようなところだ。

辛うじて、三陸海岸の中心都市、宮古市が一番近い都会で1時間かかる。

交通の弁としては中々不便な場所である。
昔は「日本のチベット」なんて言われていた場所だったらしい。

そんな岩泉町をなぜ選んだのか?
東京の世田谷とは真逆の、岩手の秘教的山奥に住みたかったってのも大きいが、
町内に広葉樹が多い山を持つってことをアピールしている町、
だったからっていうこともでかい。


ここ数年、2拠点暮らしをベースに、山梨や栃木の山間部への移住も考えていた。
移住というよりは、家は世田谷のままで、仕事場を山間部に移す気でいた。

「空き家バンク」などで調べて、何件かは物件を視て回ったけれど、
なかなか踏み込めずにいた。

「1〜2時間かけて移動し、平日は作業場、週末は東京」
みたいな生活はどんな感じなんだろう?なんて思い描いていたが、
その移動時間すら勿体無い気もしていた。交通費とかも含めると、
余計高くつくのではないか?
それなら、まんま、目黒の祐天寺に作業場を構えているので十分なのではないか?
なんて思い返してもいた。
通勤は電車で1回乗り換えるだけで20分とかからないし。。。

そんな昨年の11月に広葉樹林業をサポートするセミナー?
に参加する機会を得た。

広葉樹林業を昔からやっている、
岩手県岩泉町と岐阜県飛騨市が合同で主催したセミナーで、

「地域おこし協力隊」の制度を利用して、広葉樹林業に関わる仕事に携わり
都市部から山間部へ移住者を促すと言う内容だった。

渓流釣りをきっかけに、森林のことが気になり始め、最近の台風の被害も気になっていたし、林業は以前から何となくだけど気になっていた職業だった。

林業に関しては
「岐阜の方が京都にも近いし、歴史や文化、技術が進んでいそう。
岩泉よりもいいんじゃないのか?」

なんて一瞬迷いもしたけれど、やっぱり、特殊な岩手県人(自分)の血は
我が地元に興味が落ち着いた。

ただ単に、岩泉町の方が知ってるからってだけで、
知らない町に住むことがおっかなかったからってことだけの
理由かもしれないが。。。

噂だと、林業従事者は極端に高齢者ばかりで、担い手も極端に少なく、
職業の中でも最も危険!だと言われる
林業に関わってみたいと強く思うようになっていた。

その理由の一つに、農園芸作業着を作っていたから、ってこともある。

地域おこし協力隊に志願する理由の中に、

「林業の現場を知り、自分の運営している作業着メーカーを充実させたいから」

と言い分も決まっていたのだ。

まあ、ただ単に、バリカンズという

「頭を刈り上げた輩が、稲を刈る」なんてコンセプトを掲げておきながら、

農園芸になんて全然関わっていないチームのようなものを作ってしまった

"尻拭い"的な意味合いもなかったとは言えない。

「気に入って立ち上げてしまったバリカンズの意味合いをしっかり果たしたい!」

なんて「意地」を貫いてみたいのである。

外れた気がするが、やるなら中途半端なところでなく、
ガッツリ山奥に暮らさないと、思いは果たせないんじゃねえかな?
とも思ったのだ。

もうおっさんだから。時間がねえ。ということで。。。


あとそれから、マウンテンリサーチの小林さん2-tacsの良二くん
の影響もでかい。


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