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考える

進むその先

ずっと迷っていた。 
東京に暮らし続けていくことは自分が本当に望んでいることなのだろうか?
もともと人見知りの我輩が、なんとなしに大都会に住み始め、
目の前に見えた道ばかりを進んでみたならば、いつのまにか今の地点までやってこれた。
会社員、専門学生、スタイリストアシスタントを経て、スタイリスト。
この時期が自分にとって華のあった暮らしの日々って感じだったのかもしれない。

でもなぜか?そこから道をずらして、アウトドアの世界に突入。
自分自身で何かカルチャー的な行為を始めてみたくなって
バリカンズなる活動も始めてみたものの。。。
そんな、"道から外れる" 行為は簡単ではない事がよく解った。

ひねくれた性格は、いつものように軽い気持ちで脱線して見ると、
思わぬ方向に進んでしまったりして。。。。

自分でも辛かったけれど、改めて、辿った地点(流れ)を見返してみると、
これはそんな間違ってもいないのかな?なんて思えてしまう。

進むべくして進んで来ているに違いない!
と思えるようになれたのは今頃、なんだと思う。

やっとである。

意識を変えられるように"馴れた"んだと思われ。。。。 

ファッションという華のある世界から、
アウトドアファッションをきっかけに、
どっぷりとアウトドアの世界に引っ張られて、
いつのまにかファッションが好きじゃなくなってしまっている自分もいた。
それは結構哀しいものでもあった。
自分が気持ちよく過ごしていた世界から引き千切られるような感覚。
でもそれは自らが望んじゃって歩んじゃって進んで来ちゃった道であって。。。

トンネルを彷徨い続けているような感覚だったけれど、
なんとなく遠くに光が見えて来た、
そんなタイミング。

それが今だ。

我が地元岩手に住む。

これからまた、第一歩目の暮らしが始まる。

暮らし研究


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子供の頃のような、感覚だけで『面白れえっ!』と思えるような外遊びを
試し続けてきて40も半ばになってしまった。
今までいろんな遊びを嗜んで来て

"外遊び研究所"

なんて雑誌連載まで掲げて10年やってきちゃったけれど我輩の場合、
プロにもなれちゃいそな「追求型」ではなくって、
一生素人的、広くて浅くて飽きっぽい「雑食型」でずっとやってきたわけで....。
でもそんなユルい姿勢だからこそSOTOKENも100回も続けてこれたんじゃないのか?
とも思える。
どんな「モノ」「ゴト」でもそうなのかも知れないが?
「外遊び」もヒトの性格それぞれこの2型に分かれるように思える。 

 追求するってことは、技を極める為の姿勢や継続があって、
やっとそのモノゴトを体得できるってわけで、誰にでもできることではない。
対し、我輩のような雑食型だといろんな遊びをただ広く浅く楽しむだけだから、
極めるなんてことは一生できやしない。でもそんな子供のような感覚型だからこそ、
面白く楽しめる面も充分にありえるとも思えるのだ。
その感覚こそがずっとSOTOKENで伝えたかったコトだったのかもしれないなあってのは、先日一緒に遊んだ友人カメラマン鈴木新と意気投合した話でもあって.....。


  そんな先日、そんな鈴木新とお互い初めてのテナガエビ釣りに出かけた。
とりあえずネットで調べた浅い知識で見よう見まねで試してみる。
アタリもポイントもいまいちわからないが、二人ともどーにか1匹を釣り上げることができた。魚類とは違うエビ釣り独特のアタリを味わった。それだけで盛り上がる。
次のポイントを探しに移動。
思い切って河口付近まで足を運んでみると水辺の抜け具合が広すぎて超絶気持ちが良い。
目の前には近未来的な羽田空港が淡くボヤけてはいるけど存在感がたくましい。
ど干潮の水際を歩いていると小さなボラっこが群れをなして岸際を泳いでいる。
その泳ぎに見惚れていると、突然「ボワンッ!」と水面に大きめの波紋が次々と現れる。
「これシーバス(の捕食)じゃない?!」
「やばいね」
「ルアー竿持ってくりゃよかったなぁ」
なんて話しながらもただ眺めているだけで十分に楽しい。
さらに今度は住宅エリアを散策してみると
「このエリアは殿町っていう(地名)らしいぜ?」
「なんで殿町なんだろ?」
さらに歩みを進めると、
「なんだよあれ?乳出し地蔵尊だって!ウケる!」
変な名前の神社を見つけてまた一つ笑う。
「なんとなく艶っぽいエリアだね〜」なんて笑っていると、
新が携帯で調べ始める。
新「特に理由はないみたいだけど、この付近は薬関係の実験会社が多いみたいだね。
動物実験の施設もあるっぽいよ?」
そんな会話が面白かったり....。

この時、二人で話したことは、
テナガエビ釣りって目的はあれど、エビ釣りばっかりってのじゃなくて、
その場その場で味わう土地勘も観察次第で面白いわけで....。
ぶらり旅的なテレビ番組みたいな嗜み、なんだけど。。。。
「水曜どうでしょう」なんて番組が流行った理由とおんなじなのではないかな?
あれは改めて思うところ「大人の外遊びの極み」な気がしてしまうのだ。

要は、目的(テナガエビ釣り)は明確でも結局は単なる
「遊び」
な訳で、そればかりに必死になるわけじゃなく、
もっと軽くてユル〜い感覚のまんまで、その全体の流れを"一つの遊び"として楽しむ....。
「テナガエビ釣り」だけが目的ではないのだ。
大きなテナガも釣ってみたいけど、そこが重要でもなく、、、と私は言いたい。 

 人生に置き換えたとしても、仕事ばかりじゃ辛くて仕方ない!
もっと人間らしく暮らして生きるためにも、
大変な作業もこれからもっと沢山あるだろうけれど、
遊びの感覚だけは絶対に必要なんだと我ながらに思う。
だから、これからも子供みたいに
遊んで生きたい!
自然のある外で。
それで逝きたい。なんつって。


死んだら自然に還してほしいな。 
お墓になんて絶対入りたくない、し、要らないとすらと思っている。

野生動物だって死んだら土に還るわけだから、俺もそうなって、
植物の栄養分になりたい。

粉末にして撒いてもらえれば、それは遺体遺棄罪にはならないらしい。

そんでもってもし生き返ったら、樹木になるのだ。
(本来の樹木葬ってのはそう言うことじゃないのか?)

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気になる 水害

 昨年も関東、長野の下流域でまたとんでもない水害が起こってしまった。

数年前に起こった広島岡山の大水害は、遠くの出来事でいまいちピンときていなかった。

近所の多摩川が越水してしまったことで、やっと自覚できるようになれたのが気持ちは正直なところ

そんなことも、渓流釣りを通じて山奥に足を運ぶようになってから気になっていたことではある。

今後もっととんでもない水害が起こってしまうんじゃないだろうか?!

自分たちが住む地域(流域)がどんどん削られていってしまいそうだ。どこに住んだら安全なのだろうか?

パタゴニアの広報加藤君を通じて、あるウェブサイトを知った。

そのウェブサイトの内容が今の水害の原因をつきとめているのではないか?

と思えるくらい、とてもわかりやすかった。

渓流釣りをしていると気になる砂防ダム。日本の河川にはとんでもない量の
砂防ダムがある。

流域の自然を考えるネットワーク


「砂防ダム」一見、調子の良さそうな、防災施設のように捉えられるが、そんな施設ではないことを実験とともに解説してくれている。

噂では、今回の「アナと雪の女王2」でもダムの問題がネタのようだ。

真面目にダムネーション。考えるべき な気がする。

多額の税金を使って作りまくってきた無駄なダムをぶっ壊した方が良いのではないだろうか?


小石


大体
大概
靴の中に
なぜか?

小石が

必ず入っている。。。

のはなぜ?


山遊びが好きになってから、山に住んでいる獣のことも知ることになって。。。

田舎育ちってのもあったけれど、クマは怖い生き物だと親父に教えられてきた。


近所の川に渓流釣りに親父と行った時、

「クマが出たっ!」と、大きく叫び、怒鳴りながら威嚇っぽいことをして走って行った。

よくも解らず、必死にひっついて逃げた経験があって。。未だに覚えている。。。



。。。それから、大人になって、渓流釣りを一人でも嗜むようになってから、

渓流釣りの先輩たちと接するようになってから、先輩たちにクマやその他、野生動物の生態などを聞いて「クマはそこまで怖いものではない」ってことを教わることとなる。


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有害鳥獣って何?有害なの?




そんな先日、福岡の砂防ダムに猪が落っこちてしまったものの、

鳥獣保護法だかなんだかで、人間は助けられないとのニュースが。。。。

人工的に作った砂防ダムに落っこちてしまったイノシシは助けられない

法があるという。

鳥獣保護法って何?

結局は、カラスであったり、人間様が作った田畑や人口物(農作物含め)を

壊してしまったり、

人間様に被害?を及ぼす鳥獣を駆除することは出来ても、

勝手(自然)に落っこちてしまったイノシシは助けられない。

森に人為的に返すことは出来ない。


地球規模で考えてみれば、人間が一番の害獣なはずなのに、

人間様の都合で、害と呼び、それを処分する。

大自然に暮らす動物は崇められ、近所の獣は嫌われる。っておかしいと思う。

人間が住まわせてもらっている土地と同じ"住民(獣民")だと思う。

ドラゴンボールの世界でも、クマも鳥もいろんな生き物が「人」という体(てい)で表現されて、みんな一緒に暮らしている。(まあ漫画だとして。。。。。)

あれはいい世界だよなあ。


同じ生き物として、害獣と名乗ることは俺にはできないような頭を持つようになった。

だから、こないだのイノシシのニュースはすごく関心を持ってしまったわけだ。

 山の獣 は本当に害獣なのか?!ゾウやキリンやタンチョウヅルと一緒の

野生生物なのではないのか?!






文ぶんブン


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 「文学が得意な人に成る様に」

なんて母ちゃんに言われた記憶がある。

自分の名前の由来についてだ。

なんでそんなことを聞いたのか?
学校で、先生に出された宿題か?
よく覚えていないけれど、
とにかく、「文彦」のフミは文学の文。文章のブンだよ!
なんて言われたことだけは覚えている。

母ちゃんの本棚にはたくさんいろんな本があった。
確かに読書好きだった記憶はある。

それに比べて親父の本棚はすごくちっちゃくて、「ビッグトゥモロー」という真面目な雑誌(だけど中にちょっとエロいページがあってこっそりよく読んでいた)と渓流釣りの本と"話し上手聞き上手"みたいな教育本みたいな本みたいなのがちょろっと並んでいる感じで。。。

今思うと、製薬会社の営業をやっていた親父は、人とのコミュニケーションが下手くそで悩んでいたんだろうなあ〜。。何て思い返してしまう。

全く持って俺と一緒じゃん!

てか俺が親父に似ているのか?!

「人の話を上手に聞くことができないと、話も上手になることはできない」

そんなことを誰かが言っていたような気がする。

そんな親父を見かねてなのか?!

俺の名前は母ちゃんが名付けた "文彦"になったのかもしれない。

なんつって。真相を知りたい訳でもないが。。。

国語も全然得意ではないし。。文学なんてそもそも。。。

そんなことより

もう少し、コミュニケーションは上手になりたいよなあ。。。

本を読めばもう少し、しゃべりも上手くなるのだろうか?!

聞き上手になって、話し上手にもなりたいよなあ。

気持ちよく人を笑わせてみたいし、まずは何より。。。。

人が話していて、気持ちよくなってもらうことが先決なのかな?

はて?はて?ほほ〜?

骨髄バンク 

 

 聞いた事はあったけど特に感心はなかった。

そんな骨髄バンクという行為。世の中の白血病や血液疾患の人の為に健康な骨髄を移植して
その人の命を助ける為のもの。

なんとなくは聞いて知っていたけれど、やはり感心はなかった。

だけど、大事な友人、バリカンズの仲間内にその骨髄が必要となってしまったのだ?!

その友人の為に自分の骨髄を提供出来ないものか?!
知識も無い自分は近所の大きな病院に行って医者に相談してみると、そんな簡単なことではないらしい。

その患者に対して、骨髄が適合する人を見つけるってことは何万人に1人の確立だったりするそうで、自分や仲間内でドナー登録をしたからって、その友人を助ける事はすんごい稀な事だってやっと理解した。

けど、バリカンズでもあるベイブルースアイアンワークスのタクミ君が声をかけてくれて、兎に角、渋谷にあるハチ公前献血ルームに行こうぜ!と言う事となった。そこで二人で、ドナー登録をした。

その友人がきっかけで、自分らでも、どこの誰に?かわからないが、同じように困って辛い思いをしている人たちが存在するのであれば、役に立つ事って重要なんじゃねえか?って考え方を持つ事が出来た。

かといって、骨髄バンクにドナー登録といっても、登録自体はすごく簡単だけど、その後にはとても難しい課題もあって決して気軽なものではない。誰かにお勧めするものでもないかもしれないけれど、仲間内では話し合ってみたいと思っている。




血を採血してもらってから、とりあえず渋谷の焼き鳥屋へレバーを食いに行きましたとさ。


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受付のお姉ちゃんを選んで指名して写真を撮ってもらう。


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言葉使い


 どんどん、自分の環境も変わってきてしまい、先日までガラケーだったのに
ついにみんなの持っているチョー便利なiPhoneになってしまった。

使い方に慣れておらず、着信があってもおもわず赤いボタンを押してしまい、
即切ってしまう癖が治らねー。
左利きっていうのもあるのか?なぜか?赤い方のボタン?アイコン?を親指で押してしまうのだ。
(でも、ガラケーの時から電話に出るボタンは右側なはず?!カンケーねーってことか?!)

どんどん世の中は進化していき、
その進化に自然と乗っかっていけるヒト
と、
周りを見ながらその進化や流れを追っかけられるヒト
と、
その流れに逆らっていくヒト
と様々だけど、自分はやっぱり乗り遅れたことを恥ずかしがって、仕方なく逆らう癖のついたヒネくれた人間の一人なのだと改めて思う。

そんな性格の人間だからか?得することもあるけれど、言動もヒネくれていて、バチが当たるってこともよくあるわけで。。。。

それを顕著に確認できるのが、我が息子の言葉使いだったりして。。。。

「知ってる〜!でも要らないけどね」
「いや、そーじゃなくってさー、こうだっていいじゃん!」

とか、「でも」と「けど」が多い。基本否定的である。

子供の口調と言動を聞いて、やっとハッとするのだ。

あっ!!俺の言葉だ....。

それは確実に、俺譲りの芳しくない言葉使いだと思い知らされる。。。

ヒトのフリ見て我がフリ直せ.....を我が息子から学ぶっつう辛さを味わっている。。。
もしかしたら、どんな親も味わっていることなのかもしれないけれど、
良い意味でそれを解ったところまでは来れた。気が付くのが遅いのかもしれない。。

問題は、
ここからどういう態度に改まったら息子に対してもよいのか?はまだ解っちゃいない。
自分自身、少なからずその言葉使いは肯定的に変換できるようになりたい。

現在修行中。40にもなって。。
我が息子のためにも。

言葉使いさえヒネくれてなければひねくれも乙だと思われる。。。。

そうすれば、憧れの"粋なヒト"にちょっとだけ近づけるのかな?


解って和む

 久しぶりに友人と言い争いをした。他人としては奥さんと警察官以外で。。

久しぶりにお互いが大声出して言い争った。車の中で。

短気な自分はすぐ怒る。キレる。

なーんでか?

言葉が下手だから。通じない。

頭で思っていることを表現できない。

その前に人の言っていることを聞かない。

自分の言いたいことしか言わない。考えない。一方通行。

せっかちな性格がさらに考えを言葉に変換させなくさせる。


でも最近、やっと、40にして、人の言ってることに聞ける耳を

傾ける訓練をし始めた(遅え〜)

自分の息子たちを視ていて気がついた。苦笑。

てめえの子供を見ていて気づかされることっていっぱいある。

本当苦い笑い。

そこでやっと、自分を知り、どうしたら良いのか考えてみた。

息子に親父の背中を見せるためにも。(遅えか?)

相手のことを考えて行動を取る訓練も始めてみた。

その効果なのか?この度の言い争いは、思ったことを思いっ切りぶちまけたが、

相手の言っていることも少しは聞き入れ(まだまだ10%って少な!)ることは出来た。

ほぼ小二。

聞いた上で、相手の言ったことを受け入れた上で、解った上で、

改めて自分の思いをぶつけた。

そしたら、どうにか相手も理解してくれ、和解ができた。

相手も自分に思いの丈をぶちまけてくれたことはとても

嬉しかった。

それもどうにか和解出来たからってのはデカイけど。

気持ち良く握手をして、サラバした。


「言い争い」って、誰しも極力やりたくない行為なのかもしれないけれど、

コミュニケーションの一つとしては、

とても重要なことだとも思った。「言いたいことを言えない」「争いを避けたい」

「言いたいことは言わない」

「嫌われたくない」「無難で付き合い続けられるのが最善」

いろいろあると思う。

面倒なるから「無視する」

「怒る」「怒鳴る」

っていうパワーは余計なのかもしれない。

「キレる」は良くない。良い事が皆無。

だけど、正当に「言い争う」ってたまには必要かなとも思った。

納得のいかないことはやっぱり最後まで言い争ってでも解決する方が

そのあとの気分は「だだっ広い草原の中に佇んでいる」

くらいスッキリ爽快だ。


その為には相手の言っていることを聞き入れる作業がとても重要で、

その上で自分の思いを言い放つ。言い放ち合う。

下手くそなりに伝える。


他人(友人、仕事仲間)相手に思ったことをぶちまけてくれる人がいるのって

とてもありがたいことなんだと思う。

怒ってくれる先輩や後輩(なかなか居ないかな?)知らない人なんかも。


って40歳になって今更ながら気づく?!

遅いにもほどがある か?!

まだまだ訓練は続く。

ごちそうさま 


むかし、ZOZOの中になんだっけな?ZOZOピープル?だったっけな?
ファッション関係の人が40人あまりブログを書くサイトがあって。。

そこで自分もブログっていう日記を書かせてもらえる事になって、
その40人ほどの中にひとり、

唯一、気になってチェックしていた人が、小野光治さんという方であった。

その人はダイアモンドヘッズ
のアートディレクターをやっている方で、いろんな人と繋がっている
顔の広い人であった。

基本的にそういう人とは縁の無い場所に住む自分にとっては、
小野さんも縁遠い存在なのだと思いこんでいたのだけれど、
ブログを覗いているうちに、すごく共感出来る?(なんて言ったらいいのかな?)
オカブラリー(ボキャブラリーの乏しい)的にいうと、
素朴さと人情味を持った方で、ついつい、ブログを覗く週間がついて、
近しい感覚の人なんだと勝手に感じていたお方で。。。。


そんな小野さんが、そのブログで行きつけのいろんなご飯屋さんの
食べ終わった後のお皿や茶碗の写真を定期的にUPしていて、
正直、決して綺麗な写真では無いんだけど、そこには
「ごちそうさま」っていう言葉が込められている気がして、
印象に残って見ていた。
んで、さらに小野さんに興味を持ってしまい、2度だけだが、
ご飯をご一緒させてもらえる間まで近づけることが出来た。


家飯を食った後に、器を片付けるとき、定食屋で飯を食い終わった後、
ふと思い出してしまう癖がついた。小野さんのこと。


自分が食い終わったお皿は決して綺麗では無い。上手に食えないから。

箸の持ち方も下手くそだし。。よくこぼすし。。。

だけどペロリと平らげて 「ごちそうさま」だけは出来る。

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そんな綺麗な写真では無いんだけれど、

ごちそうさま!美味かったです。

という気持ちは篭っているのだ。

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